1963年11月23日5時30分(現地時間22日19時30分)、初の「日米テレビ中継」は衝撃的な幕開けでした。「この記念すべき日に、このような悲しいニュースを送らなければならないのは誠に残念です」・・・遠く離れた場所の出来事を「同時に見られる」装置が伝えたのはケネディー大統領の暗殺。富と権力の儚さを露呈した瞬間であると同時に「世界は繋がっている」ことを実感させた瞬間でもありました。その富と権力の象徴がここケープコッド。ここに家を持つことはアメリカの富裕層の憧れ。実はケネディの別荘があるハイアニスには日本の「高級別荘地」が恥ずかしくなるような邸宅が並んでいます。しかも高台から大西洋を見渡して佇んでいる様は映画のよう。成金趣味の豪邸ではなく「物語性」を帯びている質素で豊かな家。日本にはない風景です。
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日本のテレビの歴史は戦後の復興期と重なります。昭和28(1953)年、2月にNHK、8月に民間放送が開始されましたが、この年発売された国産初の14型・17型白黒テレビは、サラリーマンの月給が3万円前後の時代に1台30万円前後と、まさに高嶺の花。そこで人々は街頭テレビに群がって、力道山の空手チョップや大相撲の中継に熱狂したものです。三種の神器と云われた洗濯機、冷蔵庫とともに白黒テレビの普及がやっと始まったのは昭和34年、当時の皇太子殿下(上皇陛下)のご成婚の模様がテレビで放映されてからでした。やがて高度成長期を迎えて昭和39年の東京オリンピックや東京ー大阪間の新幹線の開業があって、マスコミやラジオ・TVメディア番組も全盛期を迎えることになります。日本が一番元気だった時代です。
うっとり探偵団が小学生だった昭和30年代は、テレビを持っている家庭は少なく、割と裕福な家に上がりこんで、アメリカ製のTV番組「名犬リンチンチン」や「アニーよ銃をとれ」や「ローハイド」などが見ていたものです。日本の代表的な番組は、■ジェスチャー|昭和28年(1953)■私の秘密 | 昭和30年(1955)■お笑い三人組 | 昭和31年(195年)■赤胴鈴之助 | 昭和32年(1957)■月光仮面 | 昭和33年(1958)■事件記者 | 昭和33年(1958)などで
した。芸術性より娯楽性が求められていた時代の残像です。