jukebo 目の前に広がる大海原と砂丘。砂の感触や皮膚に当たる潮風の感覚・・・ここ「ケープコッド」には子供時代の懐かしい原風景が揃っています。狭い半島の中に砂漠と湿地帯、草原と潅木林、無数の池と入江が混在するこの白日夢のような半島を彷徨うだけで脳と心が酸素で満たされます。一方ではケープコッドは無線通信・ラジオ・映画・テレビの発祥に関わりのある場所でもあります。原風景と近代メディアとの繋り・・・ケープコッドに潜む「妖し」です。

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Dune。2万年・・・風と砂の驚異の半島
 思わず走り出す砂の惑星。素足がめり込む砂の感触が太古の生命記憶を呼び覚ます。
     
  「アメリカの東、一面の大西洋に古代の消えた陸地の最後のかけらがある。砕け散る波と雨に洗われ風に吹き曝されても、それは雄雄しく残っている」( ヘンリー・ボストン:The Outermost Houseより)。Wikipediaとしては珍しく文学的な表現です。そのケープコッドは、ニューヨークのロングアイランドの北方に伸びる連続した列島の一部、ボストンから大きく張り出した半島。16,000年から20,000年前に堆積した氷河堆石の置き土産・・・氷河が前進と後退を繰り返した結果として至る所に透明で冷たい池や水路、湿地帯や小さな湾が形成されています。今も大洋に突き出ている部分は大量の侵食に曝されて数千年のうちに侵食によって半島は消滅するという地質学者もいますが、別の場所では新しい陸地が形成されている・・・ここは生きている砂の半島なのです。
 
Creek。迷路のように大地を抉る水路
 時に小川、時に入江・・・形を変えながら高低差がない半島を支配するクリーク。
     
  今でこそ全米有数の観光地になったケープコッドも、400年前は「飢えた犬が群れをなしてさまよう広い陰気な場所である。地球上で最も興味をそそらない景色である( ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)」とさえ言われた荒涼とした半島でした。その印象を決定づけたのは半島の至る所で行く手を阻むクリーク。あるものは冷たい池に繋がり、あるものは外洋の浅瀬に繋がり、あるものは砂丘の窪地に横たわって雨が降るのを待っている。 高低差のない半島には時に海水が入り込んで複雑な迷路になる・・・ここは人間の侵入を頑なに拒む自然と大西洋を渡ってきた入植者のせめぎ合いの原風景でもあります。
     
Pond。至る所に現出する透明で冷たい池
 砂の惑星のオアシス・・・砂丘の窪地や雑木林の中に静かに水をたたえり無数の池。
     
  一般的には水深が浅いもの(おおむね5m未満)を池、それ以上のものが湖。ただ最深部まで植物が繁茂するものになると沼と呼ばれるようですが、ここケープコッドの不思議は大きさ・深さに関係なく池と湖が混在しています。歴史的には1609年にイギリス人H・ハドソンがケープコッドに上陸した5年後、イギリスの船長 J・スミスが初めて地図にケープコッドを載せ、そして1620年の P・ファーザーズは、まず「ケープ・ハーバー」に入り現在のプロビンスタウン近くに上陸したと伝えられています。初めて先住民族と遭遇したのはこの近くの現在のイースタム付近。探検家はこの半島には水源地があることを知って入植したと思われます。今でも半島の至る所に透明で冷たい大小の池がひっそりと探検者を待ち構えています。
     
House。海を見下ろす映画のような家
 まるで映画の舞台。ケープコッド・スタイルの象徴。古き良きアメリカの邸宅。
     
  ケープコッドに別荘を持つことはアメリカの富裕層の憧れ・・・特に第35代合衆国大統領ジョン F. ケネディの別荘がある「Hyannis」は日本の「高級別荘地」が恥ずかしくなるような邸宅が並んでいます。しかも高台から大西洋を見渡して佇んでいる様は映画のよう。家がこれほど物語性を帯びている場所はありません。建築家は家をデザインすることはできても物語を作りだすことはできません。それは風土と歴史の役目・・・新大陸を目指したメイフラワーⅡ世号が、最初に上陸した「Province Town」には今もその高揚感の痕跡が漂って訪れる人の脳と心を酸素で満たします。
     
lightHouse。大西洋を照らす無数の灯台
 無数の入江と大西洋海流・・・沢山の灯台が海の難所ケープコッドに佇む。
     
「古代から灯台は人類を魅了してきた。灯台の灯りには希望や信頼を暗示し、更に人類の良き本能に訴える何かがある(エドワード・スノー)」。常に形を変えるケープコッドの海岸線には危険な浅瀬が多く、航行する船に危険を知らせる灯台も数多く点在しています。ハイランド灯台、ノーセット灯台、チャタム灯台、レースポイント灯台およびノブスカ灯台などはアメリカ沿岸警備隊が運営しています。 その他には、半島のつけ根には ウィングズネック、カティハンク、ターポリンコーブの灯台。中部にはサンディネック、サウスハイアニス、ルイスベイ、半島北部の先端部分にはウッドエンド、ロングポイント、パメット、マヨビーチ。灯台達は今もメルビルの「白鯨」の原風景を照らし続けています。
   


夢中で走ったあの頃へ

「まるで夢の風景みたいですね?」

「そう感じるのは無心に遊んだ子供時代を体験したからです。現実の風景の向こうに、細胞を酸素で満たす濃密な原風景を見ているんです。それだけで人生の元をとっています」

「街の児童公園とは大違いですね?」

「児童公園なんて子供の危険予知や対応能力を伸ばすどころか、怪我をさせない・監視が楽という大人の保身の産物です。子供がなぜ小さいか知っていますか?」

「成長してないからでは?」

「身体が小さく軽い子供は転んだり落ちたりしても怪我をしにくい。この時期だからこそ危険を感じ取り対応する能力を身につけるチャンスなんです。それをバカな親や社会が邪魔をしいる。生き物としての可能性を潰している。危ないからさせない・・・それがより大きな危険を招くことに気づかない」

「マニュアルは駄目ですか?」

「防災マニュアルなんて運良く生き延びた人のためのもの。生きるか死ぬかの瀬戸際では何の役にも立ちません。災害や事故がマニュアル通り起こる筈がなく、最後は本能的な危険予知能力と対応力。それでも運が悪ければ助からない」

「その話とこの砂丘とどうゆう関係があるんです?」

「ようやく本筋に戻ったね明智君!砂丘の最大の魅力は、裸足で砂を掴んで飛び回る・・・本能が刺激されることです。ここには危ないゴミを捨てる愚衆はいません。次に砂丘には高低差があって時々小さな池やブッシュがある。要するに生き物が生き抜くための能力を身につける自然の道場・・・無心に遊んだ子供に戻れる場所なんです。人工的なレジャーランドなんか比較になりませんよ」

「ケープコッドは自然の道場ですか?」

「学生の頃、岬の先端のProvince Townという町でアルバイトしましたが、自然景観は殆ど変わっていません。但し町中で暮らすなら白人社会の壁は意識する必要がありますが、生命が最も光輝いていた子供の情景に出会うなら、ここは世界最高の場所のひとつです」

「一度行ってみたい・・・!」