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電波に「音声」を乗せて発信・遠方で受信する仕組みとしてラジオ技術の実験を世界で初めて成功させたのは、マルコーニが世界初の大西洋横断無線通信に成功する3年前の1900年、カナダ生まれのR.フェッセンデンという元エジソン社の電気技師でした。その後フェッセンデンはヘテロダイン検波方式や、電動式の高周波発振器を開発してラジオの改良に取り組み、1906年12月24日にここマサチューセッツ州の無線局からヘンデル作曲の「クセルクセスのラルゴ」をレコードで、自身のバイオリンと歌で“O Holy Night”を流し、最後に聖書を朗読。「世界初のラジオ放送」の瞬間です。誰もが「遠くから電波に乗って音声が聞こえる装置」に無限の可能性を感じ世界各地で実験や試験が行われましたが、実用的な放送の最初は1920年11月2日にペンシルベニア州ピッツバーグでAM方式による大統領選挙の情報を放送をしたKDKA局と言われています。しその僅か13年後、ラジオは世界を地獄に変えた恐るべきプロパガンダ装置になりました。ギャラリーには日本軍の真珠湾攻撃を伝えるラジオ放送とヒットラーの演説、初期の短波放送があります。

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うっとり探偵団が小学生だった昭和26年~32年頃はまだまだラジオが主流でした。敗戦の焼け跡から誰もが復興に励んでいた頃です。当然、生活に必死な大人は子供どころではなく、良く言えば何の束縛もなく伸び伸びと育った世代でもあります。そんな子供の心を捉えたのは何と行ってもラジオから流れる妖しい歌・・・「ヒャラーリヒャラリコ~誰が吹くのか不思議な笛だ~音も静かに不思議な笛だ~たんたんたんたん~野越え山超え」「まだ見ぬ国は空の果て 青き潮の海の底 深き眠りにうずもれて 今もこの世にありという」・・・真空管がほんのり光る箱から流れてくる妖しい音楽や物語は、空想少年を育んだ原風景です。
懐かしい映像はこちらから  → 映画「笛吹童子」  → 映画「紅孔雀」