icon6 icon1 icon2 icon3
icon4 icon5 icon5 icon6
原風景「夢の跡」  うっとり探偵団「アカデ ミアサロン」 Academia Salon by Uttori Tanteidan  


正面の工場は自動車産業発症の地、1903年のデトロイト製鉄工場(Detroit Iron and Steel C. mill)。かってデトロイトはヘンリー・フォードが量産型の自動車工場を建設し「T型フォード」のヒットで全米一の自動車工業都市として発展。後にゼネラルモーターズとクライスラーも加わってビッグ3と呼ばれた自動車産業の聖地でした。全盛期には180万の人口を数え、工場の半数が自動車産業に関わっていました、その夢を打ち砕いたのは日本です。その幻影を辿ります。

Wikipediaではこんなふうに説明しています・・・デトロイトの繁栄と安定は長くは続かなかった。1967年7月には黒人による大規模なデトロイト暴動が市内で発生し多数の死傷者を出し、ホワイト・フライト(白人の郊外への脱出)が盛んになった。1970年代頃から安価で安全、コストパフォーマンスに優れた日本車の台頭により自動車産業が深刻な打撃を受けたからで、企業は社員を大量解雇、下請などの関連企業は倒産が相次ぎ、市街地の人口流出が深刻となった。同時に、ダウンタウンには浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ(インナーシティ問題と呼ばれる)。この様な状況を見て、1970年代にはダウンタウン周辺に高層ビル・コンプレックス「ルネサンス・センターGM本社がテナント)」を建設したが好転せず、日本がバブルを謳歌していた頃、デトロイトはどん底に陥っていた。荒れ果てた市街地を逆手に取り映画「ロボコップ」などのモデルとなったのもこの頃。

事態を重く見た市は、1990年頃から大規模な摩天楼が林立するルネサンス・センターをシンボルに都市再生を目指し、ダウンタウンには新交通システム(ピープルムーバー)を設置。又、自動車以外の産業を育てるべく映画産業の振興も行ったが、限られた街区を更地にして巨大オフィスビル群を建設する手法は、周囲の荒廃した地域に及ぼす波及効果も低く失敗。今も依然としてダウンタウン周辺の空洞化は続いており、ダウンタウンには駐車場や空地、全くテナントのいない高層ビルも多く、具体的な解決を見ていない。富裕層は郊外に移住。貧賤な層が取り残され治安の改善も進んでいないのが現状である。荒廃した地域では一戸建ての住宅が「1ドル」で販売されているところもある・・・。

2013年3月にはミシガン州知事が財政破綻を声明し、ミシガン州の連邦地方裁判所に連邦倒産法第9章適用を申請。負債総額は180億ドル(約1兆8000億円)。財政破綻した自治体の負債総額で2は全米一となりました(当時)。今も子供の6割が貧困生活を強いられており、市民の半分が読み書きもできず、市内の住宅の1/3が廃墟か空き部屋となっており、市民の失業率は18%。警官が通報を受けて現場に到着する平均時間は、人手不足のために58分かかる・・・全ては夢の跡です。