覚醒/ Academia

機関車だって夢を見るに違いない。そんな空想少年と夢少女の空想の影絵です。
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新表現/原風景アカデミア
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原風景「鉄道の夢」  うっとり探偵団「アカデ ミアサロン」 Academia Salon by Uttori Tanteidan 


風雪に晒される機関車の残骸。大草原を疾駆していたバッファローの寿命が尽きて「朽ち果てた屍」のようにも見えるし、今も見果てぬ夢を追う「ドンキホーテの勇姿」にも見えます。苦難に満ちたアメリカ大陸横断鉄道の歴史を知れば壮大な「残像」と映るかもしれません。かってアメリカ合衆国は世界一の鉄道王国でした。世界で初めて蒸気機関車による鉄道がイギリスに生まれてから早くも5年後には鉄道路線を開業させ、最盛期の1916年には総延長41万Kmという途方もない鉄道網を整備しました。これが頂点で、米国の鉄道は近年になって衰退の一途をたどっています。栄華を極めた鉄道会社は解体や再編を繰り返し旅客列車の廃止が相次ぎました。1971年には政府が救済に乗り出す形でアムトラックAmtrakが設立されたものの、常に赤字を抱えた状態。今も年々列車や駅が減らされています。そんな夢の痕跡を鉄道少年だった「うっとり探偵団」が探検します。

鉄道以前のアメリカの交通網は貧弱で、道路も整備が始まったばかりで水路に頼るだけでした。夢の大陸横断鉄道建設は1859年頃から始まり、南北戦争の真っただ中、時の大統領だったリンカーン大統領の署名によって加速します。西部開拓戦争のための人や物資の移動手段がどうしても必要だったからです。工事はネブラスカ州オマハから西へ向かう東ルートの「ユニオン・パシフィック鉄道社」とカリフォルニア州サクラメントから東へ向かう西ルートの「セントラル・パシフィック鉄道社」の二社が担当。このセントラル・パシフィック鉄道社の社長「リーランド・スタンフォード」は、ゴールドラッシュで金採掘に成功した人物で、後に、スタンフォード大学の創設者となっています。

鉄道が苦難を極めたのは氷点下の平原や灼熱の砂漠という自然条件だけでなく、南北戦争による労働力不足。そこで白羽の矢が立ったのが賃金が低かった中国人でした。シエラネバダ山脈の雪山での工事現場には最盛期には1万3000人も働いたようです。人数が増えるとアメリカに馴染めなかった中国人には、排斥や暴力事件が多発。その後、中国人移民を締め出す法律が出来たため、後釜には日本人移民をはじめアイルランド人やモルモン教徒も従事しています。一方、バッファローが線路に害を与えるため、駆除した結果、バッファローを生活の糧にしていたインディアンとの戦争を引き起こしていますが、バッファローが激減したことで、インディアンの生活は破綻。その結果、白人から食料を購入せざるを得なくなった・・・恐らくバッファローの線路の破壊は言いがかりで、典型的な白人の先住民支配の構造といえます。そんな鉄道事業が完成したのは1869年5月10日でした。

第一次世界大戦では、一時的にアメリカの鉄道網は国有化されて軍事輸送に従事しましたが、大戦が終わると本格的に自動車など他の交通機関との競争が始まり、鉄道もディーゼル化やエアコンの装備など、競争力の向上に努めることになりました。しかし第二次世界大戦後は、自動車や航空機への旅客と貨物の競争が激しくなり、鉄道に対する規制政策が古い時代の考えのままだったこともあって、鉄道の経営は深刻化。1970年代には大きな鉄道会社が次々に経営破綻し、政府は不採算となっていた旅客輸送を連邦政府管理下に移管してアムトラックが発足したものの赤字状態。今ではかろうじて貨物輸送で息を継いでいます。人間の夢と絶望を乗せて走った鉄道自身も、好不況の谷間を走り続けています。